昭和57年3月1日 月次祭
秋田健一郎
人生において、人間氏子が必ず幸せに幸福になれれる絶対の道、言うなら、かけがえのない道を、私は、日々皆さんに聞いて頂いておるのでございます。
と言うのは、昨日、私は、アノー、午後の奉仕をさせて頂いたら、そこに紙切れがあるんです。その紙切れに、いわゆる何かが書いてありますから、虫メガネをかけてよく見ましたら、豊美が奉仕を、エー、古川ですね、奉仕しておる時に福山から電話がかかって来た。佐奈瀬(?)さんという熱心な御信者があります。その方は、あの地方の教会にだいたいご縁を頂いておった方ですけれども、マー、合楽に、マー、言うなら傾倒しておられる方です。その方が今朝方から、こういうお知らせを頂いたと言うて、それを書き写しておるのです。
それには、「この世で、あの世のかけがえのない話を、ネ、して下さるのは合楽の親先生です。しかも。それこそ、神様のように頂いておられた、もう亡くなられましたけれども、先代の、ソノー、今の教会の先代の阿部という先生が、もうマザマザと現れておっしゃったんです。これは、私は、マー、不思議なことですけれども、かご、あの箱崎教会で、エー、しばらく修行なさった方である。また亡くなられる、て、すぐの頃、アノー、この阿部という先生が、合楽教会にわざわざお取次ぎを願って、「後の信者のことをお願いします。」というお願いがあったんです。ですから、私は、これはモー霊的なことですけれども、以来、合楽のお届け帳には、そこの教会のお届けが毎日あるんです。
そんなことからですね、あちらの御信者がお参りして来るようになり、エー、マー、おかげを頂いておるようなわけですけども、その佐奈瀬(?)さんの頂かれたお知らせの中に、今言うようなお知らせをこうむられておる。
この世で、あの世のかけがえのない話、ここで私が霊の世界のことなどをお話するのは、もう過去の宗教者、宗教家が言うて来なかった、全然違った、しかも、それは本当のかけがえのないお話であるということと同時に、今日、私がそれからヒントを得たんですけれども、この世で人間が幸せになれる、絶対幸福になれれる。その、私は、道をネ、合楽では、かけがえの無い道として、教えとして、皆さんが頂いておって下さる。ですから、皆さんが、一人一人が、神様の願いである、いわゆる、あの、祈念詞の中にもありますように、限りない恵みの中にあるのですから、限りないその恵みが受けられる手だてを、お互いが頂かなければ駄目だ。いかに、限りない恵みの中にあっても、それを頂かなかったら、やっぱり「この世は苦の世、苦の世界」ということになるのです。ネ。
ですから、どうでも、かけがえのない、人間が幸せになるための話を、しかも、難しくない、その気になれば誰でもが頂けれるという話を頂いておるのですから、ネ、これを日々の稽古の、一切を稽古の対象とさしてもろうて、実験・実証して、「なるほど、親先生のおっしゃることが本当だ。」という、言わば、それぞれが体験者になって頂かなければならんと思うのです。
今日は、アー、支部長会が、前々から話があっとりましたけれども、初めて実現しまして、今日から毎月支部長さん方が集まって、信心の研修をなさることになりました。
その中で、私に、マー、一口お話をしてくれということでしたから、マ、皆さんと一緒に、しばらくお話をさせて頂いたことでございましたけれども、ネ、エー、中で、信徒会長、いわゆる秋永先生が話すには、「私は、最近、ソノー、15年の記念祭を迎えるに当って、様々な、信心の向上を図るために、エー、各共励会を総代幹部の方達が、今、こう、廻っております。秋永先生も初めて、マアー、ソノー、山口あたりまでの遠方にも行かれることになって、驚いたことは、ここの修行生の先生方のお話の素晴らしいこと。しかも、それも、それはマル少出の未だ若かーい先生方のお話が、もう一言、一言で、ピシッ、ピシッと決まっていくのには、もう、驚いた。」という話をしておりました。
「とても、私ども信者がかなうことではございません。」と。ネ。
それは、ネ、日々、そのことだけに取り組んで研修し、稽古しておるからです。また、それを本当だということを信じて、エー、稽古しておるからです。なるほど、まあーだ、未熟ですから、ね、体験は、には乏しいですけれども、言うことだけ、色々な問題があるでしょう。お話が出る。そして、分からんでおるなら、その時に、例えば、なら、そのマル少出が、先生が一言、それはこう言ったら、それでピシャーと決まってしまうと言うんです。
ネ。という程しに、言うならば、素晴らしいかけがえのない、言うならば、お話を、ネ、これは霊の世界のことは、アー、実際は分からんのですけれどもね、目に見えない世界ですから。
けれども、合楽の場合には、霊の世界のことを確かに伝えるのだけではなくて、この世で人間が幸せになる、いわゆる、あの世この世で人間が絶対幸せになれれる手だてが、いわゆる、かけがえのない話として、日々、続けられておるのです。それを実験実証していく、ウー、手だてがある。ネ。
私は今日、その支部長会に、今日は東京支部が一人参加してなかっただけで、皆、支部長さん方集まっておりました。
中で、申しましたことですけれども、もう、とにかく、今朝の朝のご理解そのままが、支部長さんが方が本当に納得して頂きたいことだというて、マー、お話したことでございます。
四十二節でございました。四十二節、「死に」。
言うなら、自分というものを空しゅうする。言うならば、ネ、「限りない恵みの中に生かされて」とあるその限りない恵みに触れていけれるということは、教祖の言葉を借りると「我情我欲を離れて」と仰るのです。ネ。「真の道を拓き、我が身は神徳の中に生かされてある」と言う限りない「神徳の世界」というものが、そういう道が拓けて来るんです。ネ。
「限りなくおかげの頂けていける宗教、これは、そうでん、我情をとる、我欲をとるちゅうことは、大変難しいことじゃろう。」と、こう、私どもは、過去においては思うておりました。ネ。
ところがです、んなら、合楽理念に基づかして頂きますと、その芯どころというものを自分の信心に一つ頂いて、ネ、言うなら、成り行きを尊ぶ、大切にさせてもらうということに徹しておりますと、いつのまにか我情がとれていき、我欲がとれておるという、いくことを体験しておられるのが、合楽で熱心に信心の稽古をしておられる方達だと思うのです。
今朝のご理解の中に善導寺の原さんのことをマア、お話させて頂いたことでした。
すぐ原さんのお向かいに森光さんと言う方が、もう医者も見放した病気で病院に入院しておられる。その話を聞いたり見たりして、もう、じっとしてはおられない。やっぱり願わずにはおられん。毎日、お昼お届けなさって、その方を願われる。そして、その方のところに行っては信心の話をするけれども、それこそ、フーンともせん。ネ。もう、動きなさらん。
「さあ、そんなら一丁お願いして下さい。私もようなったら参りますけん。」て、言わっしゃらん。何ヶ月間か続きましたけれども、そういう手ごたえがないから、もう、このお届けは止めようと思った。そして、1ヶ月余りピシャーッと止められた。
これは、もう、半年も前の話でしょうか。ネ。
ところが、実際そこにもう明日も知れんと言われておる、しかも、益々ひどうなっていかれる。もう難しかげなという話を聞かれたら、やっぱり、願わずにはおれなかったと言うのです。ネ。
また、お取次ぎを頂くことをはじめられた。で、先日、他の(?)友達と一緒に、マア、お見舞いに行かれた。ネ。
ところが、その寝ておる病人さんが「ハアー、原さん、良かった。もう、私しゃ毎日、貴方から頂くこの御神米を一粒ずつ頂きよるとが、もう、今日で無くなるとこじゃった。マア、有り難かった。」と、初めて「有り難かった。」と、言わっしゃった。
そして、もう、難しかようにあった、その方が、おかげを頂いて、こう、大分楽に、おかげを頂いていっておられるという事実を、そこのご主人が見、聞かれて「原さん、どうぞ、マ、一丁、この人が退院しておかげを頂いたならば、ネ、私も、どうでんこうでん、合楽に連れて参ってくれ」と言う。「夫婦の者が喜ばれ、夫婦の者が心を合楽に向けられた」という喜びのお届けがございました。
私は、そのお届けを聞きながらネ、初めて、本当に初めて、そういう実感と言うか、分からして頂いたことはネ、教祖金光大神が様々な問題を抱えられて、ある、マア、佐藤宿老と、そう晩年には申しました佐藤範雄先生がネ、金光様にそのことをお届けなさると、ネ、「この方は、人が助かることさえ出来れば結構です」と仰った。ネ。
だから、金光教の信心は、もう、人が助かることさえ出来れば結構であるという信心の境地が拓けて来ることを願いとしなければならんのです。
私がお願いをしてあげた。「私が毎日、御神酒ば、初穂までお供えしてあなたのことをお願いしてやりよるがの」ということはなーんも要らん。
もう、恩きせがましいことがあってはならない。もう、とにかく、その人が信心しようがしまいが、助かってさえもらえば良いという精神。
私は、全く、これが神心・神情(?)だと思わせてもらい、原さんのそのお話を聞きながら思うた。ネ。
ですから、今日の支部長会で、ネ、マア、そこに、それぞれの信者をようして、まあ、そこの長としての信心研修を、マア、熱心になさっておられる。これが、もし、合楽教会が評判の良い教会であったら、あなた方は、もう、とうにお道の教師にもなっとらんならんじゃったろうばってん、ネ、マア、今の合楽ではとても、どこに教会を、ここに作るというても許される筈はないから、神様が止むに止まれん、そこに支部を作る、ここに支部を作って、人の助かる場を求めておられるのである。
ですから、( ? )にはどうでも、原さんのその心の状態じゃないけれども、「人が助かることさえ出来ればの精神。それには、人情から神情へ変わっていかなければいけないよ。」という、マア、ここんところだけを支部長さん方に聞いて頂きたいと言うて、聞いてもらったことでございます。ね。
なかなか出来ることじゃありませんけれども、稽古です、ネ。
信心の、何時でしたか、伊万里の吉冨さんが十三日会の時に言っておられたが、あの時分に、シルクロード、シルクロードと言う、あのお話がちょいちょい出ておる時分でしたが、えー、「シルク」ということは「苦しい」ということ。親先生に言わせると「シルクロード」は「絹の道」だと、こう言う。「柔らかい道」だと言われる。ところが、実際、シルクロードというのは、それこそ、砂漠あり、エー、その険阻な山あり、もう大変な、アー、それこそ、あの三蔵法師が、アノー、教典を取りに行ったと言うあの道ですから、大変怖い所もあったり、難しい所もあるんですけれども、ネ、それを、例えば、「シルクの苦しい」ですね、反対を苦しいと読む。ハアー、それを聞きながら思った。「なるほど、苦しい道にするのも、シルクの柔らかい道にするのも、こちらの心がけ次第だな。」ということであります。ネ。
いわゆる「和楽の道」なんです。
先ほど、箱崎教会の御信者さんがお参りになってから、昨日、一昨日が報徳祭でした。そして、今年はあちらの七十五年ですか。七十年、えっ?七十年ですか。エッ?七十年の記念のお年柄に当るんだそうです。ですから、アノー、信者さん方は、もう、とにかく、記念祭を迎えんならんから、この際、天井裏もお掃除をさせてもらおうじゃないかと言うて、皆で、ソノー、天井裏の掃除まできれいにさせて貰った。ところが、一番最後のところ、ネ、もう、それは、もう、何時のことだか分からんけれども、古い、勿論、新しいけども、古い、古い、ソノー、わらじが1足出て来たと言うんです。
もう、皆が驚いてしまった。あちらで、今、アー、そして、その代表ともなり(?)芯になって御用を頂いておられる方達が、まー、箱崎教会の「ワラジ会」の面々なんです。ネ。
勿論、ここで頂かれた「和楽の道」と書いて「ワラジ」と読ませる。「楽」という字を「ラ」と言う。あれは、当てたっじゃないです。「和楽」「ワラジ」と読むんです。これは、アノー、韓国じゃない中国語で言うと、あの「楽」という字は「ラ」と発、言うんです。
ですから、マー、支那語と日本語と合せて読むと「ワラジ」ということになるわけなんです、ネ。
「和楽の道」とあるんです。それを仮名使いすると、なら、ワラジと、こういうことです。ネ。「ワラジの道」という、「和楽の道」ということになるのです。
もう、だから、その「和楽の道」をね、言うならば、極めるということは、本気でその気にならなければならないということです。ネ。
それはどういうことかと言うと、一生懸命ならなければ絶対開ききらない、開けない。
「ワラジ履き」というのですから、ネ。一生懸命という意味です。で、「ワラジ履きで頼まじゃ」と、こういうです。ネ。
だから、私は、その方に申しました。「ハー、どうでも、」、その方は(?)さんですから、桐箱でも作って、そりゃ、もう、あんたは、合楽、そのー、箱崎教会の宝ばい。」と、私は申しました。
ハアー、天井裏からワラジが1足出てきた。しかも、その「ワラジ会」が今の箱崎教会の芯になっておる。マアー、皆んなが、マ感動したというお届けでございしたけれども、マアー、不思議なことがあればあるもんだなと思います。ね。
どうして、ワラジが、その天、その天井裏に置いてあったか。
それこそ、昨日か一昨日、ソノー、、その日のこと、その日のために、もう、それこそ、何十年か分からないけれども前に、そこに誰かがワラジを置いて、勿論、神様が置いておられたというよりほかにないのである。将来、ここにワラジ会という会が出来て、ネ、人の助かる○○がドンドン出来て、しかも、金光大神天地金乃神様の願いであるところの「和楽の道」が、ネ。だから、いわゆるシルクロードでも、自分の心がけ、心一つで、言うなら、「和楽の道」にしていくことが出来るという、ネ。そこに、いわゆる、稽古がいる。手立てがいるということになります。
今日、ウーン、初めての支部長会議でしたから、アー、最後に晩餐会を開かれました。私共夫婦も招かれて、一緒に座らせてもらいました。御神酒が段々回ってまいりましたから、アー、マー、にぎやかな初の会でしたが、安藤さんが「親先生御夫婦に捧げる歌」という歌を歌われました。ネ。
あれは何という歌でしたでしょうか。「ついて来いとは言わぬのに、(しばらく沈黙)黙って後からついて来た(笑いながら)」。ネ。
最後のところにありますよ。「明日の米さえなかったのに」というところ。
私は、それを聞きながら感動した。ハイ。家内もそうだったと思うんです。
なるほど、そういう時代が、私共にもあったんだけれども、あの時代に「マア、なんという苦しいことであろうか」とは。ネ。苦しいですけれども有り難かったということでございます。
「明日、食べる米が無い。」と、例えば、家内が申しましても、ネ、「もう、今日まで頂けたということが有り難いことじゃないか」と。
「明日は明日でお願いして。サア、休もう。休もう。」というような生き方であったということ。
苦しい道では、「明日、食べる米も無い。こんな苦しいことがもうあろうか」と、「こんな難儀があろうか」と思うような中にあっても、今日までおかげを頂いたことのお礼を申さしてもらいよったら、心安らいで明日を迎えることができた。明日は明日で、そこに神様の間違いの無いお働きを受けて、いよいよ神様のお働きの間違いの無さを感じさせて頂いて、今日の合楽があるということでございます。
ですから、その難儀なら難儀ということがです、ネ、そういうおかげの頂けれる、今、時期にあるんだと。難儀を、そう頂かなければ、そしてです。ネ。苦しいのは苦しいです。お金に責めたてられる、ネ。人間関係で、または、経済の問題でという風にですネ、いろいろと、もう、本当に責めたてられるかのようにある苦しい中にあっても苦しいです。それは、申し上げていいんです。苦しいです。
けれども、合楽理念に基づいてこれを受けさせて頂こうという気になったら、どこからか、うれしい心が涌いて来る。ネ。
苦しいばっかりじゃない。けれども、神様がこのようにしてでも本当なものを下さろうとしておる働きであることが分かったら、有難うなって来る。
先ほど、お装束つけよったら、一番、アノー、長男の一番下の美恵と言う、マア、3歳でしょうか、娘がおります。ようやく、この頃おしゃべりが出来るようになった。
で、「おじいちゃん、おばあちゃんは?」と言うから、「おばあちゃんがおらんでも、おじいちゃんがおるから、良かじゃんの」ち、私が言うたら、「おじいちゃんは可愛くない」ち、(笑い)
私しゃ、これにはギャフンちやられたごたる感じで、(笑い)「そんなら、おばあちゃんを探して来なでけん」て。
「おじいちゃんは可愛くない」ち言うからね。
そう言やア、もう、いっちょん、(?)孫達は寄り付きもせんもん。(朝からも、昼からも?)(笑い)
やっぱ、そうですよね。人間でも、やっぱ可愛らしいとか、本当にアノー何ちゅうか、こう、邪気の無い。私は、今、沢山、今、ここに赤ちゃんがおりますから、毎朝、親達が連れて来ますとね、もう、私が頭を捕まえたり、手を握ったりして、もう、可愛うして、可愛うして、ハハアー、「“目の中に入れても痛くない”ちゅうのは、こげなことばいな。」と思うて、思いますが、ネ、その可愛さというのがです、神様が「本当に可愛い氏子じゃ」と、ネ、信心はたいして出来んけれども、あの、その心根に神様が感動まします。その心根に、神様が、ネ、「可愛い氏子じゃ」と思うて下さる。それはどういう時と思うですか。
沢山お供えをしたり、一生懸命お参りをしたりという時じゃないと。
段々、合楽理念に基づいて稽古させて頂きよるうちに、「なるほど、一切が神愛」といったようなことが分かって来る。ネ。
ですから、その神愛にふれて頂いておるわけじゃないけれども、ネ、分かれば分かる程、このようにして修行させて頂いておるんだと、なら、「もう、苦しいです。けれども、有り難いです。」というような心に、私は、神様がホロッとなさるのではないでしょうか。「可愛い氏子じゃ」ということになるのじゃないでしょうか。ネ。
神様に愛されるということなんです。ネ。同時に、私共が「神様から一時でも離れられん」と言う、ネ、愛し愛される仲。ネ。
そこから、私は、生まれて来るのが「合楽世界」だと、私は思います。
そこから生みなされて来るおかげ、それこそが、ネ、「限りないおかげの世界」だと思うんです。
仮に、お互いがね、人情、人情でね、「あれが欲しい。これが欲しい。」とも思ってますけれども、いうなら、原さんじゃないけれども、人情から神情に変わって来る時に、自分の心も有り難くなって来るだけではなくて、もう、相手にまで通じておるということなんです。ネ。
だから、この辺のところの脱皮が、ネ、なされなきゃならん。
だから、そういう難しいことは、なら、我情我欲をとるといったようなことは難しいと思うとりましたけれども、なら、合楽理念に基づくと、いつの間にか、原さんじゃないけれども、いうなら、神情一筋で、相手のことが祈れるようになって来るわけ。
その心がいよいよ育っていくということ。
先月、ある月例際に頂きましたように、ね、「月行きの、月行きをか、重ねて、四季松葉かな。エー、(会場から声有り)中で重ねておる四季松葉というですね。それこそ、まあー、月は無情という、それこそ、どういう無情の世界にあってもです、どんなに冷たくあたられるようなことがあってもです、また、雪の日の冷たさにあってもです、ネ、信、合楽の信心。いわゆる四季松葉の、いうなら、この三者一体がもう、なんともかんとも言えない、雪の日でなからなければ、満月の日でなけれ、ようになからなければ頂けない素晴らしい味わいというものがです、ネ、味わえるその体験を通して頂きたい。
合楽でこうしてお話しておるのは、「もう絶対、人間が幸せになれる、かけがえのないお話だ」と、皆さんが頂いてもらいたい。ネ。
これはあの世だけのことではない。この世でもかけがえのない、人間が幸せになる土台にもなる、基になる。その土台を、例えば、秋永先生が言われるところの、「合楽のマル少出の若い先生方がこういう場合に、モー、一言で、もう決めていかれる。モー、それには、モー、驚いた。」と言ってます。ネ。
稽古しなければ、だから、分からんです。ね。
言うなら、勉強しなければならんです。それを、いわゆる実験実証して、体験の上に積んだ上に積んでいくところから生まれて来るのが、安心であったり、喜びであったり。ネ。 いわゆる、かけがえのない生き方。またと、かけがえのないこの世を「苦の世、苦の世界」にするか、「和楽の世界」にするか。
自分の心次第でそこを決めていこうというのが合楽で誕生したわけでもあるし、また、合楽で皆さんに聞いてもらっているお話でもあると思うのです。
ですから、それを、本当に体験さして、いわゆる本当でそれを頂こうという、ね、構えを、姿勢を作って、本気で、なら、「黙って治める」なら、「黙って治める」といったようなことを行じていっておる内に、ネ、いつの間にか我情がとれて我欲がとれて、心行一筋で、ね、赤の他人の誰彼のことでも祈れれるというのです。
支部長さん方が、言うなら、自分の周辺に難儀の氏子達がある、来る、沢山あるから、お話にも行きゃあ、お導きもするけれども、ガストン(?)言おうか、そんな場合であっても、我情を捨て我欲を捨てて、神様一心にお縋りして、これを広げていくならばです、ネ、自分もいよいよ助かるだろう。徳を受けていくだろう。人も、また助かっていこうというのです。
昨日、永瀬格一さんところの宅祭でございました。最後に申しましたことでございましたが、丁度、町内のお祭りの始まる前に、アノー、マイクで何か、通知があっておりました。もう、順調にそれが( ? )
一人で言っておること、「だから、皆さんの一人一人が拡声器代わりにならなければいけません」というお話をしたんですけれども、ネ。その拡声器代わりに私共がなるためには、どういうことからでも、それこそ、一言で決まるような、人の助かるような、マー、言うなら、お話もお取次ぎも出来るような教育をしなければいけんでしょ。ネ。
また、自分もおかけを頂いておる事実をです、ね、自分が拡声器代わりになって、自分の周辺にも広めていこうという、私は心を起さなければいけないと思うんですね。
そういう、言うなら、「一心発起」が出来た時に、ネ、神様が、それこそ、ネ、顔(?)は孫からでも好かれんごたる顔しとるけれどもね、その心根にね、神様がうっとりなさるような心の状態を使うていけれるようなね、一つ、信心。また、そういうおかげを頂いて頂きたいと思います。
どうぞ